新刊『だまし絵サーカス』

目の錯覚やトリックをふんだん使っただまし絵をサーカスに仕立てあげた絵本『だまし絵サーカス』です。だまし絵だけじゃなくて、ことばあそびもたくさんあるので、こちらもダジャレ&おやじギャグで対抗しました! ちょっとテニエルばりの古風なキモカワ絵が、グロテスクであやしい雰囲気にぴったりです。

目の錯覚やトリックをふんだん使っただまし絵をサーカスに仕立てあげた絵本『だまし絵サーカス』です。だまし絵だけじゃなくて、ことばあそびもたくさんあるので、こちらもダジャレ&おやじギャグで対抗しました! ちょっとテニエルばりの古風なキモカワ絵が、グロテスクであやしい雰囲気にぴったりです。
打ちあわせによく利用する新宿御苑前駅近くの「ディー・カッツェ(Die Katze)」にニューフェイスが登場。まだ3ヶ月の女の子。あ、名前きくの忘れちゃった。
アメリカンカールとマンチカンの血が入っているので、耳はゆるめにカール、足は短め。シャムっぽい配色だけど、チンチラのようにもこもこ。もー、かわいいのなんのって。
うちのおじょうさんたちは、小春と小町がきたのが生後10日すぎだったから、3ヶ月のころって、ああ、大きくなったなあなんて思っていたんだけれど、ひさびさに子ネコを抱くと、なんてちっちゃくてたよりないことか。そうか、うちの子たちもこんなに小さなかったんだ……。
店長ことケニーくんは、ちびちゃんのそばで寝ていた。起きた後は、なかよく遊び、ならんでごはんを食べていた。

1/8, 10 東京文化会館
マラーホフ版
オーロラ:ディアナ・ヴィシニョーワ、王子:ウラジーミル・マラーホフ、リラの精:上野水香、カラボス:高岸直樹
もう2週間前のことなので、メモ程度に。
もっとむらさき&バラがすごいかと思ったら、あんがいすっきり。でも、6人の妖精たちはみんなむらさき基調。床がすごい緑なのがびっくり。ダンサーは緑っぽくなっていないし、いったいどういう照明のテクニックなんだろう?
ヴィシニョーワが、これぞオーロラ! っていう圧倒的なオーラ&テクだった。ほんと、オーロラはこうあるべきという見本そのもの。バレリーナがいちばん難しいと考えるのもなっとくがいく。
赤ずきんちゃんがオオカミの毛皮を羽織っているのがすっごいシュール。2幕の幻影の場面は、あっさりめ(というか簡略版)。せっかくヴィシニョーワとマラーホフだから、たっぷり見たかった気もする。オーロラが眠らされるベッドがかわいい。妖精たちが登場するときの、緑の球体(バラの茂みなんだけど)が、宇宙人のものっぽかった。
全体的に、シュツットガルトのハイデ版に影響を受けている感じがした。カラボスのキャラ造形とか。マラーホフがシュツットガルトで踊っていたから?
お嬢さんたちの首輪を注文したついでに、サンデーが最後につけていた首輪と同じ生地でストラップを作ってもらった。ケータイはもうじゃらじゃら&すぐに布地が痛みそうだから、iPod につける。
サンデーは、青や水色が似合う子だったので、いつも首輪は青基調。そとで遊ぶし、爪も長いから(完全室内飼いじゃないから切らない)、首輪の消耗も早かった。まだ2本、サンデー用の予備が残っている。
1月17日に初島を訪れ、ネコたちの写真を撮ってきた方のブログです。ボランティアの方たちとも会えたそうで、追加情報もあります。(リンクの許可をもらっています。)
思ったよりは、ネコがふっくらしていて安心しました(けれど、田代島のネコたちと比べると、なんとも表情が険しいことか……)。でも安心してはいられません。少しでも早く、全頭が救出されますように。
ひさびさにお嬢さんたちの首輪を買った。最近は、首の毛がすれちゃうから、首輪自体していなかったのだけれど、やはりいざというときのために、しておこうと思って。首輪そのものは、小さい頃からしているから慣れている。
で、小春用はこれ。赤と白のハート。ここのところ、飼い主がハート柄好きなので、お嬢さんたちの首輪もハートでまとめた。

不要ペット回収車の全面廃止を求める署名活動がおこなわれている。こちらからどうぞ。
東京にはないので、こんなものが存在するなんて知らなかった……。YouTubeに映像もあるけれど、とてもじゃないけれど直視できない。
ペットブームの裏に、飼育放棄したり、無責任に蕃殖させた末に捨てたりする飼い主は多いけれど、なんで行政がゴミ収集のように回収してまわらないといけないのか。しかも、回収されたペットを待ちうけているのは、安楽死とはほど遠い、残酷きわまりない殺処分だ。保健所に持ってくるような人には莫大な罰金を取り、もし殺すとしてもその飼い主の目の前で行うくらいの制度にしてほしい。でないと、安易にかわいがって飽きたら捨てる人はぜったいに減らない。回収する予算があるくらいなら、福祉や医療にまわしてくれ。
ご賛同いただけるかたは、ご署名をお願いいたします。ニックネームでも可だそうですが、信用性が薄れるので、できれば実名(ネット上は匿名にできます)でお願いいたします。

「アイドロン」シリーズ第3巻(最終巻)
『復活の光』(ジェーン・ジョンソン著、神戸万知訳、佐野月美絵、1575円)
「アイドロン」シリーズ、ついに完結です。
世界の存続をかけた戦いですから、それはもう、いろいろな犠牲が出ます。ほんと、何度、涙したことか。読んで泣き、訳しながら泣き、ゲラをチェックしながら泣きという調子でした(少し距離を置いて冷静に眺めるつもりでも、少し油断するとヤバイことに)。でも、ジョンソンうまいんですよ。犠牲を出さないわけにはいかないけれど、かなり慎重に選び、極力無駄に暴力を描くことをせず、それでいてきっちりツボは押さえている、という感じです。主人公をかばって〜的なよくあるパターンを回避してくれたのが、個人的にはうれしいです。あんまり細部を書くと、ネタバレになりますから、このくらいにしておきましょう。
あと、ジョンソンは大のトールキン・ファンだけあって、『指輪物語』の影響を受けているなあと思えるところがけっこうありました。って、これも書きすぎるとネタバレになっちゃうので、詳しくは書きません。ただ、巻が進むにつれて、おもしろさも増していっています。みごとな終わりかたです。大団円を期待してください。

『ローズの大決心』(アン・ブライアント著、神戸万知訳、武蔵野ルネ絵、924円)
「バレリーナ・ドリームズ」シリーズの第3巻です。ローズのキトリがかわいい!
ポピー、ジャスミン、ローズの仲良しトリオのなかで、自分と性格がいちばん近いのがローズだと思っています。似たような経験もあったりする分、彼女の味わうしんどさが共感できました。でも、ここでちっちゃくまとまらず、のびのびと育ってほしいなあと願ってしまいます。あ、あの体の柔らかさはわたしと正反対。ほんとうらやましい。
ここでキャラが一巡したので、第4巻はふたたびポピーの話です。好きなことにむかって健気に努力しながらも、子どもゆえの思いこみや勘違いがいとおしい。このシリーズでは、そんな三人をあたたかく、ときにはきびしく見まもる大人がきちんと描かれているのも魅力だと思います。
HPトップに貼ってある、ずいぶん前のサンデー。まだあどけない感じ。やっぱり皐月に似ている。
今日で初七日。
わたしは死体が怖い。って、怖くない人のほうが少ないと思うけれど。これまでも、親せきが亡くなったり、うちの犬や猫が亡くなったときに亡骸と対面したけれど、死と直面するのはほんと怖くて、触れたとしても、おそるおそるそっとかするくらいだった。たとえそれがとても愛情を抱いていた相手だとしても。
でも、サンデーはちがった。生前のように顔をなで、抱きしめてほおずりし、いつものようにキスをした。前足にも肉球にもさわった。こんなことができるなんて、正直なところ自分でもびっくり。ああ、それほどサンデーが大好きだったんだなあと、あらためて実感した。亡くなっても、まだ贈り物をくれるサンデー。ほんとに、なんて偉い子なんだろう。ありがとう、サンデー。
2007年5月のサンデー
ペットロスまっさいチュウ。もう10年以上離れて暮らしているのに、こんなに悲しいなんて。まあ、逆にいえば、衰えていく姿を日々見ていなかったから、心の準備ができていなかったのかも。毎回会うたびに、よぼよぼになっていくのはわかったけれど、それでも直前まで元気でよく食べていると聞いていたし。
わたしにとって、大切なものに人間と動物の垣根はない。もっというと、血縁もあまり関係ない。その相手がどれほど近い存在だったか、というだけ。そういう意味では、わたしのなかで、サンデーはまちがいなくトップクラスにいた。あ、もちろんお嬢さんたちもトップクラス。でも、サンデーとちょっと次元が違う。サンデーは「親友5、妹4.5、子ども0.5」という複合的な存在で、お嬢さんたちはひたすら「我が子」。
サンデーとはみょうに気が合った。むこうはどう思っていたのか知らないけれど、少なくともわたしの波長にサンデーは合っていた。(ちなみに、お嬢さんたちは100%「我が子」なので、気が合う合わないというレベルでは語れない。)離れて暮らしていても、親友なのは変わらないよって感じでつながっていた。ひさびさに会えば、いつも変わらず仲良しだったし。だから、もうこの世にいないってことが、ひたすら寂しいし、信じがたく&耐えがたい。
サンデーが18歳で大往生って立派だと思うし、しあわせな死を迎えたと頭では理解しているけれど、まだ心が受けいれられない感じ。こうやって言語化することで、少しずつ整理できていくだろうか(なんか職業病チックでいやだなあ……)。
画像1枚目 形見の首輪と2年前の正月の写真
画像2&3枚目 亡くなる6日前(クリスマス)の写真
サンデーとお別れしてきました。とても安らかで、ほほえんでいるようにさえ思える、眠っているような死に顔でした。どことなく、幼い頃にもどったようでもありました。この顔を見て、しあわせな生をまっとうしたんだなと実感しました。弟が庭に穴を掘ってくれているあいだ、サンデーを抱っこしながら、おいっ子とめいっ子にサンデーの話をしてあげました。抱っこしたサンデーは、もちろん硬くて冷たかったけれど、顔や手足の質感は、生前の「かわいいサンデー」のままでした。
わたしはサンデーがほんとうにほんとうに大大大好きでした。うちのお嬢さんたちとちがい、基本的な世話(えさを買うとか、トイレの掃除とか)は、母にまかせっきりで、とにかくいいとこどりでかわいがるだけだったから、よけいに溺愛モード一直線だったというか。白ネコグッズに模様を描いてサンデー仕様にしたりもしていました。
サンデーがいなければ、今のようなネコ生活はなかっただろうし、とくに皐月との出会いはなかったかもしれません。サンデーがいなければ、自分についても、まわりの世界についても、気づかなかったこと、気づけなかったことも多いと思います。
たとえば、昔は成ネコより子ネコのほうがかわいいと思っていたけれど(ほら、ネコっておとなになると、けっこうクールじゃないですか。ヴィジュアル的にも、まんまるい顔が、シャープになるし)、子ネコにはない「成ネコの魅力」を存分に教えてくれたのがサンデーでした。柄にしても、昔はトラネコとか模様のあるネコのほうが好みだったのだけれど、サンデー以来、白ネコには特別な思い入れがあります。(もちろん、ほかの色や模様も好きですが。)お嬢さんたちを迎えいれるときも、第一希望は白いメスネコと思っていたのですが、縁あって小春と小町がうちの子になったあと、どうしても白ネコもあきらめきれずに、一目惚れした皐月をもらってきてしまいました。もちろん、引き取って正解でした。今では、小春と小町がうちにこられるよう、わざと皐月は最後まで待っていてくれたんじゃないかと超親バカな妄想を抱くほどです。
だから、今はサンデーには感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう、サンデー。いつか生まれかわって、またわたしのところへきてね。
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